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Geogebraの使い方、応用など

「眠り」に「人生の有限」を見出すの説

「眠り」という生理現象を通じて、私たちは毎晩、死ぬことへのリハーサルを行う機会に恵まれていると考えるべきだ。

このように考えるのは、人生が有限であるという事実と真剣に向き合うためだ。

 

その日に足りない時間は、夜更かしや徹夜をすることで補えばいい、という考え方は、突き詰めると、死に際にまだやり残したことがあったとしても、なんらかの延命措置を実施して寿命を延ばせばいいじゃないか、という考え方に行き着く。

人生が有限であることを忘れないためには、寝る時間と起床時間をひとつに決めて、寝る時間になったら、一切の例外なく活動を止めて横になり、電気を消して目をつぶっている状態を、起床時間まで維持すべきだ。

そうすることで、「人生を大局的に見れば、もっと時間が欲しいと願ったところで、その願いは一切聞き入れられない」という事実に、真剣に向き合うことができる。

 

きれいな風景を見つけたとき、ろくに見ようともせず写真を撮るだけ撮って、あとでじっくり見返せば良いや、と考えるのは、突き詰めると、別に生きているうちにやらなくても、死んでからやればいいじゃないか、という考え方に行き着く。

人生が有限であることを忘れないためには、今日の夜に眠りに就いた時点で、自分は、その日までにできたこと・できなかったことを思いながら、いちど死を迎えている、と考えるべきだ。「きょうの自分」は死んでしまう。やり残したことがあったとしても、就寝時間がくれば、「きょうの自分」にはもう、それを経験させてやることはできない。

そう考えることで、「人生を大局的に見れば、あとでやると決めることは、それをやらずに死ぬと決めることに等しい」という事実に、真剣に向き合うことができる。